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| クリックしてね 住吉大社 難波宮 四天王寺 天神さん 大阪城 |
| (大阪の起源) 大阪に人が住み始めたのは、たしかなところで今から2万年くらい前、ナウマン象や巨大なワニと一緒に住んでいたらしい。その頃はさておき、大阪が都市として形成されたのは「日本書紀」の頃、すなはち4世紀の頃です。なにしろ古い話で正確な年代は分かりませんが、一説によると大阪と縁の深い、神功皇后が即位したのが、西暦200年ともいわれており、そうすると今から1700〜1800年くらい前の事なのかも知れません。 「日本書紀」によると、神功皇后が新羅からの凱旋の途上、住吉大社を作りました。そして神功皇后の子応仁天皇が、北九州から大阪に来て大隅(おおすみ)の宮(現在の淀川区大道南のあたり)に、入った事が記されています。大阪(この地名はまだ無い)に入るとき、波が早くて困ったらしく、この地を「波速(なみはや)」と呼ぶようになりました。その後この名前がなまって、「難波」、「浪華」、「浪花」等と言う呼び名が生まれました。 応仁天皇の子、仁徳天皇は、現在の「難波の宮遺跡」のあたりに、高津(たかつ)宮を造り、都をつくりました。仁徳天応の詠まれた、有名な 「高き屋にのぼりて見れば、烟立つ民のかまどは賑わいにけり」 は、この頃の大阪の景色を詠んだものです。 大坂と言う名前は、難波の地名が出来た約1000年の後の、1496年(明応5年)石山本願寺(後の大阪城)建立のため当時82才の蓮如上人が、現在の天満橋南詰あたりに立ち寄った際、このあたりの地名が小坂(こさか、おさか)と呼ばれており、上人は大坂と言う名前で書き、大坂の地名ができました。その後明治元年に、大坂から現在の大阪に改められました。 くわしくはここをクリックしてください。 |